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DATE/ 2017.05.10

吉田松陰が3年で読んだ本の冊数がスゴイ!

約3年で1460冊もの書物を読破した

 吉田松陰と言えば、松下村塾を開いて多くの志士を育てたこと、ペリーの黒船に乗り込もうとしたエピソードや、『講孟余話』を残したことで有名ですが、あまり知られていない事実に、彼が大変な「読書家」だったことが挙げられます。彼は黒船への密航計画を自首して、地元・萩の野山獄に入れられたのですが、その獄中にいた約3年の間に、何と1460冊もの書物を読破しています。実に1カ月あたり約40冊というハイペースです。

 『松陰の本棚 幕末志士たちの読書ネットワーク』(吉川弘文館)を書いた金城学院大学文学部教授の桐原健真氏によれば、野山獄で「首を図書に埋め」るような生活が可能であった彼は、みずからの境遇を「天下の至楽」と称しています。彼は獄中でまさに読書を堪能したのです。そして同時に、野山獄で読書人から思想家・実践家へ脱皮していくことで、幕末維新に大きな影響を与える存在になっていったのです。ちなみに、桐原氏は松陰研究において2010年10月、『吉田松陰の思想と行動――幕末日本における自他認識の転回』(東北大学出版会)で第4回日本思想史学会奨励賞を受賞しています。

水戸学の書物から国学の書物へ

 では、松陰はいったいどのような本を読んでいたのでしょうか。彼は獄中で自ら『野山獄読書記』を記しており、読書の内訳が詳しくわかっています。まず全体の40%近くが「歴史書」でした。世界の地理や中国史、日本史を学ぶことで、彼は日本と日本を取り巻く国際関係の理解を深めていったのです。また、松下村塾への入塾者が増えるにしたがって、「教育書」の量も増えていきました。

 さらに、彼は最初のうち、「水戸学」の書物を読みあさっています。水戸学とは、水戸黄門で有名な徳川光圀から始まった政治思想で、松陰は「尊王攘夷」の思想を広めた相沢正志斎の『新論』から特に強い影響を受けています。彼は水戸学を学ぶことで「日本」の自己像を手に入れていったと、桐原氏は『松陰の本棚』のなかで書いています。

 しかし、松陰はやがて大きく方針を転換します。水戸学から離れ、今度は「国学」に接近していったのです。国学とは、日本の古典研究の学問で、日本神話をありのままに信じ、日本のことばで「日本」を語ろうとする試みでした。野山獄の後半、松陰の読む書物の中には、国学・国語学・神道系の書物が増えていきます。松陰は、本居宣長や平田篤胤といった国学者の書物を読破することで、みずからを「日本人」として語る根拠を、日本の固有性――神話・歴史そして言語――のうちに求めようとしたのです。

本が志士のネットワークをつくった

 ところで、松陰はこれだけの数の本をどこで手に入れたのでしょうか。実は、その多くは実兄の杉梅太郎や、松陰の友人たちからの借本だったことがわかっています。面白いのは、友人たちと書物を貸し借りするなかで、松陰の周りに志士たちのネットワークができていったことです。

 たとえば、松下村塾の出身者に山縣有朋がいます。長州藩・奇兵隊の一員として活躍した後、明治政府では陸軍を率い、内閣総理大臣にまで上り詰めた明治の大御所です。実は、山縣を松陰に紹介したのは岸御園という人物でした。御園は歌人であり国学者で、獄中の松陰に多くの国学書を貸し出した人物です。彼は松陰と書物を貸し借りするなかで関係を深め、多くの人物を松陰に紹介していきました。そのなかの一人が山縣だったのです。さらに、松陰と松下村塾生たちは、蔵書家である岸御園の仲立ちと、書物の貸借さらには贈与を経路として、関門海峡を越えた小倉の国学者で、小倉藩の勘定奉行・京都留守居役などを歴任した西田直養との親交を持つに至りました。このようにして、松陰たちは「読書ネットワーク」を育んでいきました。

 つまり、松陰は読書を通じてみずからの思想を形成するとともに、書物の貸し借りを通じて、志を共有し、時代を変革するための仲間を増やしていったというわけです。2018年は明治維新から150年という年です。この機に本と読書をベースにして維新の扉を開いていった松陰に学んでみてはいかがでしょう。

<参考文献>
『松陰の本棚 幕末志士たちの読書ネットワーク』(桐原健真著、吉川弘文館)
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b244678.html

<関連サイト>
桐原健真氏のホームページ
http://www.kinjo-u.ac.jp/kirihara/

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