テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.06.06

薩長同盟を結んだ「薩摩藩」と「長州藩」はどう違う?

 「薩長同盟」を結び、日本の近代への道を切り拓いた薩摩藩と長州藩。セットで語られることも多い薩長ですが、片や開国しつつ幕政改革推進を主張、片やあくまでも攘夷を旨とする急進的反幕派が藩を動かします。この水と油のような2藩の違いについて、歴史学者・山内昌之氏が語ります。

幕府とのつながりを大いに利用した薩摩藩

 山内氏は、「薩長2つの藩の決定的な違いは、幕府に深いつながりがあるかないかだ」と言います。薩摩藩島津家の歴史は、鎌倉幕府を開いた源頼朝までさかのぼります。島津家の祖とされる島津忠久は、母系で源頼朝の血をひく名門中の名門。関が原の戦いでは西軍の豊臣側につきましたが、当主の島津義久が徳川幕府に対して見事な進退のかけひきと外交力を見せ、結果として藩は本領安堵。減封処分を受けずに済みました。名門の血に甘んじることなく、自らが持つ優れた能力で天下分け目の合戦で生じた困難を乗り切ったのです。

大奥に2人の姫を輿入れさせた島津家の戦略

 島津家は名門の血に甘んじなかったどころか、その強みをあますことなく活用し、幕府の屋台骨とも言える大奥に、茂姫、篤姫2人の姫を輿入れさせました。この大奥と島津家の関係について、山内氏は非常に興味深い推論を立てています。すなわち、大奥の女性たちが使う予算は莫大なものであり、彼女たちの贅沢三昧が幕府の財政赤字を増やしていったとも言えるほどでした。藩から姫を大奥に送りこみ、その実権を握ることで贅沢三昧、奢侈に拍車をかけて財政をくずし、いわば内側から幕府を揺るがせていったというのです。史実で証明されているわけではありませんが、こうした推論が成り立つほど、島津家は幕政に対して大きな影響力を及ぼしていたのでした。

持たざる藩の強みは、「つながりがないから義理もない」

 一方、島津家が大いに利用した縁戚関係を持っていなかったのが長州藩毛利家です。幕府とのパイプがないため、関が原の戦いで豊臣方についた長州藩はそれ以降、大幅に石高を減らされてしまいました。しかし、この何のつながりもコネもないことが結果的に長州藩にはうまく作用した、と山内氏は言います。なぜならば、幕府につながりがないということは義理立ての必要もないということになるからです。島津家のように名門で幕府に強い影響力を持っていないがために、逆に幕府に協力する義理もなく、莫大な拠出金の必要もなかったというわけです。

 利用できるパイプがないことを逆手にとって、長州藩は生産力、流通力、情報力といった力を蓄積していきます。明倫館、松下村塾といった私塾に代表される教育力もめざましいものがあり、桂小五郎、吉田松陰、伊藤博文など多くの優れた人材を輩出したのはご存じの通りです。持たざる藩は、こうした無形の力を育てていったのです。

急進思想を育んでいった長州藩

 このように幕府と貸し借りの関係を持つことのなかった長州藩が、急進的、ラジカルな討幕の思想を育んでいったのは当然の成り行きといえるでしょう。藩では毎年、新年を迎える際に藩主と筆頭家老の二人だけである問答をかわしていたという言い伝えがあります。それは家老が「今年はまだその年ではありませぬか」と問うと、藩主が「まだその年にあらず」と答えるというものでした。

 山内氏はこれを、「今年は討幕の兵を挙げる年ではないか」「まだである」という意味だとしたうえで、だから長州は情勢を見て、今だと思えばいつでも討幕に舵を切っていくことのできる準備が平時から整っていたのだといいます。

 日本の近代を切り拓くのに功績のあった薩長2つの藩のあり方が、こうも対照的であったとは実に興味深いことです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長