テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.05.26

大学院を出るのは無駄なのか?院卒生の実情

 2018年1月に公開された第一生命によるアンケート調査「大人になったらなりたいもの」では、「学者・博士」が男の子の1位となったそうです。「末は博士か大臣か」なんて言葉も、最近ではあまり聞かれなくなりましたが、子どもたちの間では夢のある職業として憧れの存在なのかもしれません。

 しかしその一方で、厳しい現実が「学者・博士」を目指す人々にふりかかっています。

博士号は「学者・博士」になるためのスタートライン

 そもそも、「学者・博士」とはどうやってなるものなのでしょうか?一般的には、まず大学院に進学し博士号をとることが、研究者として活動するためのスタートラインとされています。一口に博士号といっても、2年間の修士課程(博士前期)を終え、3年の博士課程に進み、ようやく博士号取得というシステムです。

 その後、すんなりと大学や企業の研究機関に入れるかというと、そうではありません。みなさんは「ポストドクター」という言葉をご存じでしょうか?「ポスト(後)・ドクター(博士)」、つまり博士号を取ったあとのことです。通称「ポスドク」と呼ばれ、正規の職員や研究者になるまでの期間のことを指しています。

 ポスドクはさまざまな機関で募集されています。それこそ日本国内だけでなく、海外でも募集がかかっています。しかし、このポスドク機関は一般的にいうなら「非正規」の状態です。ある機関、あるプロジェクト内だけ雇用されるという就労形態なのです。その間に、大学教授になるためのポジションなど、安定して研究ができる場を見つけることになります。

一般企業で院卒採用が増えない理由

 90年代、欧米先進国と比べた日本の博士人材の少なさなどを理由に、「大学院重点化」政策がはじまりました。この頃から博士課程進学者は急増しますが、修了者に見合うだけの大学教員などの研究職ポストはなく、企業での採用もなかなか増えずじまい。昨今では高学歴ワーキングプアの問題も叫ばれています。ポスドクの人々の年齢は次第に上がっていき、一部の院卒者は学歴に見合わない薄給で労働に従事せざるを得ないという現状を生んでいます。

 では、受け皿として期待されていた企業で、大学院卒業者の採用が進まないのはなぜでしょうか?そもそも、企業が学生を採用する際、院卒と学部卒では、求めている要素が異なると考えられています。院卒には、ものごとを突き詰める能力や、専門的な知識。対して学部卒を採用する場合は、柔軟さや若さです。本来は、両者にそれぞれの利点があるはずなのですが、院卒の高度な専門性を、きちんと評価できるだけの企業・分野が少ないのです。

院卒と学部卒で初任給に差はあるの?

 では院卒と学部卒で、就職後の給与の差などに違いはあるのでしょうか? 厚生労働省の行った「賃金構造基本統計調査」では、学歴別の初任給の平均データを次のようにまとめています。

学部卒:男性20.59万円/女性20.00万円
院卒:男性23.17万円/女性22.97万円

 院卒の方が男女差はなくなり、3万円ほど給与があがっています。しかし、学部の就職時期よりも院卒は2年以上遅れるとなると、実質的に学部卒と差が出ないという事実もあるようです。

「知の力」に価値を見出す

 これだけ見ると、大学院を卒業することに突出した価値を見いだせないという人もいるかもしれません。高い学費に膨大な時間。費やしたものに対して、それ以上のペイバックは補償されるどころか、マイナスにまで落ち込むこともあるでしょう。では、大学院を出ることは無意味なのでしょうか?

 しかし世界的に見ると、主導的な立場で活躍する人の多くは博士号取得者ということもまた事実です。スタッフの知人は博士号を取得し、現在はアメリカで正規の研究職についています。その人は、所謂一流の大学を出たわけでもなく、両親や親戚のコネクションも一切なかったそうです。ただ自分の夢を掴むために、子どものころから情熱を持ち続けたのだと語ってくれました。

 あらゆることにコストパフォーマンスが求められる時代ですが、「知の力」はなかなか目に見える数値に表れません。また、得た知識が発揮されるには年月もかかります。それは個人も会社も同じです。「茨の道」と知識を求める人を脅すのではなく、そうした力を持った人材を、きちんと評価できる環境や雰囲気を作って行くことが大切なのではないでしょうか。

<参考サイト>
・第一生命保険:第29回「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表
http://www.dai-ichi-life.co.jp/company/news/pdf/2017_058.pdf
・厚生労働省:平成28年賃金構造基本統計調査結果(初任給)の概況:1 学歴別にみた初任給
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/16/01.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長