テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.05.29

論争激化! 糖質制限 VS カロリー制限

 痩せようと思ったらまずは糖質を減らすところから、そんなイメージが当たり前になりつつある今日この頃、今では「糖質制限」と聞いたことのない人は居ないのではないでしょうか?効果が現れるのも早いと謳われ、一般的な認識としては、「カロリー制限」より広がりつつある印象を受けます。

 ところが、そんな「糖質制限」の是非を問う論争が再び加熱してきています。健康に良いどころか寿命を縮めるリスクがあるという報道さえ出てきて、病気予防やダイエットに取り組む人々に混乱を呼んでいるようです。

東北大大学院からの警笛『糖質制限ご用心』

 ことの起こりは2018年3月15日の日本農業新聞に掲載された記事になります。東北大大学院の農学研究科グループより、マウスの比較実験結果が報告されました。内容は、Aのグループはいわゆる糖質制限食的な餌を、Bのグループは日本人の一般的な食事に近い餌を与え続け、それぞれの寿命や健康状態を図るというものになります。

 実験結果は、Aのグループは平均寿命より長く生きられないものが多く、一般的な個体に比べて背骨が曲がってしまったり抜け毛がひどくなったりと、老化のスピードが速い傾向にあるというショッキングなものでした。この結果が日本農業新聞に掲載され、『糖質制限ご用心 60代後半 老化顕著に』という見出しで報道され、以降メディアを賑わしてゆきます。

危険を報じるメディアと第一人者の論戦

 コンビニのサラダチキンなどですっかりお馴染みの糖質制限市場は今や3000億円以上とも言われる現在、記事は注目を集めました。同3月末には早くもフジテレビの『とくダネ!』や『週刊新潮』などのメディアが特集を組み、長期の糖質制限による動脈硬化、がん発症、老化との関連性を報道し始めます。

 これに対して糖質制限の第一人者である医師の江部康二氏が『東洋経済オンライン』で、『糖質制限「老化説」が抱える根本的な大問題』と反論を掲載し、週刊新潮がそれに応じる形で第2弾特集『「糖質制限」の「がん」「認知症」リスク』を組み、江部氏はさらなる反論『エビデンスなき「糖質制限」論争は意味がない』を掲載するという事態になり、現在に至ります。

喧々諤々『糖質制限』VS『カロリー制限』

 両者とも一歩も譲らない論争ですが、実際の医療の現場ではどうなのでしょう?

 日本農業新聞の記事掲載以前になりますが、2018年の週刊ダイヤモンド1月13日号に掲載された医師・栄養士それぞれに調査したアンケート結果によれば(個人的な考えの統計であり科学的なデータではないと断りが入っていますが)、病気予防を目的とした糖質制限、カロリー制限、脂質制限もそれぞれ過半数の支持を得ていました。

 日本糖尿病学会はカロリー制限を推奨してきたこともあり、学会によるガイドラインにも糖質制限の有効性を認める論文が盛り込まれておりません。とはいえ、同学会理事長は個人として糖質制限食を日々の食事としていると明言、東大病院では糖尿病患者向けに低糖質メニューを用意したりするなどの話題がクローズアップされたのも記憶に新しいところです。

 権威のある医学誌においても、意見はさまざまです。糖質制限が注目されたのは2008年に発表された、イスラエルにおける300人ほどの肥満の人を対象に行われた「DIRECT」試験からになります。被験者を「カロリー制限&脂質制限」「カロリー制限&地中海食」「カロリー制限なし&糖質制限食」の3グループに分けて体重減少にどれだけ効果があるかはかったものです。これにより、最も中性脂肪が減少し、善玉コレステロールが増えたのが「糖質制限」だったのです。

 その後、糖質制限の有効性を認めた論文も掲載されれば、厳密な糖質制限ダイエットの悪弊を危惧する論文も発表されており……肯定派も否定派も次々と新しい報告を出しているのが現状です。本当に長期の数十年後にどのような結果が出るかという調査報告はまだ出ていないということもあり、マウスでの実験結果が一石を投じることとなったようです。

次世代のためにも食事療法の確立を

 一口に「糖質制限」といってもやり方にはいろいろあり、ご飯をお茶碗半分に減らしたり夜はおかずだけにしたりなどの簡単なものから、修行僧の五穀断ちのように全く口にしないものもあります。くわえて、糖質を取らない代わりに食べるものの範囲や量の制限も異なっています。はっきりとノウハウが確立明記されていないのも混乱を呼ぶ一因でしょう。我流の糖質制限でしびれや集中力の低下を経験したという声が巷から上がっています。

 なかなか決着のつかない糖質制限論争ですが、時代ごとに現れては消えていく流行のダイエットや健康法と違って、医学的に検証を重ね続けられているのはよろこばしいところ。今すぐに結果を求めるのは難しいのかもしれせんが、後の世代のためにも、生活習慣病の改善のための新しい方針が確立されることを願ってやみません。

<参考サイト>
日本農業新聞:ご飯、うどん…炭水化物減らすダイエット 60代後半で老化顕著に 糖質制限ご用心
https://www.agrinews.co.jp/p43551.html
・東洋経済ON LINE:糖質制限「老化説」が抱える根本的な大問題
https://toyokeizai.net/articles/-/214390
・東洋経済ON LINE:エビデンスなき「糖質制限」論争は意味がない
https://toyokeizai.net/articles/-/215987
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長