テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.10.17

ランキングでは見えてこない東大の強み

 さまざまな指標で大学の順位付けをする世界大学ランキングの一つ、イギリスの大学評価機関クアクアレリ・シモンズ社による「QS世界大学ランキング」が、2018年6月7日に発表されました。トップ10のうち、マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、ハーバード大学などアメリカの大学が5校、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学といったイギリスの4校がランクイン。日本の大学は東京大学が最高位で23位です。

「第一志望はアイビーリーグ」の高校生が増えている

 最近の日本の一流進学高校では、グローバル人材たらんと、プリンストンやハーバードといった米国トップ校、いわゆる「アイビーリーグ」を進学の第一志望にする学生が増えているそうです。このランキング評価が多少ならずとも影響しているのかもしれません。

 しかし、米国トップ校の実態をほとんど知らずに、多分にイメージやあこがれで「アイビーリーグへ」という高校生が多い、と「アイビーリーグ・ファンタージ」の風潮に釘をさすのが東京大学東洋文化研究所教授の佐藤仁氏です。佐藤氏は、東京大学大学院で博士号を取得、ハーバード大に学び、東大だけでなくプリンストン大でも教鞭をとってきたという、いわば日米のトップ校双方の実態を内側から知り尽くした人物なのです。

東大vsアイビーリーグは「6勝4敗」で東大の勝ち

 その佐藤氏が、学生としても教員としても実際に体験した内側からの視座で、アイビーリーグの名門プリンストン大学と日本のトップ校の象徴的存在・東大を比較して論じているのが『教えてみた「米国トップ校」』(角川新書)。この中で佐藤氏は「6勝4敗で東大の勝ち」としています。

 ただしこれは、「教員一人当たりの学生数」や「博士号取得者数」、「留学生の数」と項目を並べて、項目ごとに「これはプリンストンが勝ち、この項目は東大が白星」と星取表のように比べたのではありません。大学の真価とは一体性を持って論じなければならず、ある面のメリットが別の面の弱点の裏返しだったりもするからです。佐藤氏は大学の機能や属性、さまざまな特徴を総合的に見て、全体として「東大、いいじゃないか」と評価を下しているのです。

こんなところが東大の強み

 その東大の強みと思われる点を具体的に挙げてみると、第一に低コストであること。入学金及び4年間の授業料の総額は250万円弱で、これにアパート代や生活費を足しても4年でざっと1200~1300万円。寮などを利用できればもっとコストは抑えられるでしょう。対するアメリカの場合、年間授業料は約500万円(注:1ドル110円換算)が相場とされています。生活費等を考慮すると4年で2800万円は必要となる計算です。スター教授の招へいや多数の事務職員雇用の経費等々、この高コストにはさまざまな要因が反映されているのです。

 東大の強みの二つめに、教員と学生の距離の近さが挙げられます。大学ランキングでは教員一人当たりの学生数比率が評価対象となり、学生数の割合が小さいほど「きめ細かな教育が行われている」という見方になります。この数字だけ見れば、東大の比率は米国トップ校に劣っているのですが、実はそこがランキングの盲点。アメリカでは教員の負担削減のために、研究員が授業を代行するケースも多く、有名教授に直接指導してもらうことを夢見て入学したのにがっかり、といったことも間々あるのです。一方、日本の大学では教授による講義が当然のことですし、またゼミの合宿やコンパといった機会を利用して、教員と学生が近しいコミュニケーションをとるという光景もよく見られます。

さまざまな面で多様性に富む東大

 さらに、東大の強みとして佐藤氏は「多様性」を挙げます。海外からの留学生受け入れの幅が広いのもその理由ですが、実は少人数・小規模の講義が多数あるというのも、多様性の一つの表れなのです。東大では履修学生が少なくてもタイ語、ベトナム語、トルコ語といった外国語の授業が実施されますが、プリンストン大学では2017年5月に「履修者5人以下の授業は開講禁止」というお達しが出て、多くの外国語授業がなくなってしまいました。

 ちなみに、このようなカリキュラムだけでなく、学生個々人をみてもなんだかプリンストンより東大生の方がバラエティに富んでいるようだ、と佐藤氏は言います。米国トップ校を目指す若者は、優秀な学力と「卓越性」を意識するあまり、バランスのとれたオールラウンド・プレイヤーになりがち。対する東大生は、筆記試験を潜り抜けてきた学力を備えている一方で、かなり個性的な人も多いとか。

大学本来の意味が今、問われている

 最初に述べたように、この日米トップ校比較は単なるデータ比較による星取り合戦ではなく、双方の強み、弱みを論じています。しかし、総じて米国トップ校は商業的要素を取り入れて会社化、あるいは職業訓練校化の傾向にあると佐藤氏は指摘しています。学生もその競争枠からはみ出さないように与えられた目的をそつなくこなす「優秀な羊」が多いと言われている状態です。

 日本の大学にも改善点は多々ありますが、その改革のためには欧米方式の模倣よりも独自の強みを生かすことを意識するべきではないでしょうか。学生も大学側もアイビーリーグ・ファンタジーから脱する時期に来ているのかもしれません。

<参考文献>
『教えてみた「米国トップ校」』(佐藤仁著、角川新書)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321705000019/

<関連サイト>
東京大学 東洋文化研究所 佐藤仁研究室
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~satoj/index.html

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長