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DATE/ 2019.11.05

なぜ今「ひとり旅」が増えているのか?

 全国1万5,559人の宿泊旅行者を対象に実施された、「じゃらん宿泊旅行調査2019」の結果によると、2018年度の「宿泊旅行の同行形態」でもっとも高い割合は「夫婦二人での旅行」の25.2%でしたが、次いで「一人旅」が18.0%と続きました。

 もともと「一人旅」は、調査開始の2004年度からシェアの増加傾向にありました。そして15回目となる今回の2018年度、35~49歳の男性を除いてすべての属性で増加し、過去最高値となりました。

「ひとり旅」の割合と構成比

 「じゃらん宿泊旅行調査2019」による、【宿泊旅行の同行形態注中の「ひとり旅」割合】と【「ひとり旅」の構成比の推移】(抜粋)は、以下のようになっています。

 【宿泊旅行の同行形態注中の「ひとり旅」割合】
年度:全体(%)
2004年度:10.5%
2005年度:10.8%
2006年度:11.2%
2007年度:12.0%
2008年度:12.5%
2009年度:12.9%
2010年度:13.1%
2011年度:14.1%
2012年度:14.5%
2013年度:15.4%
2014年度:15.9%
2015年度:17.5%
2016年度:17.2%
2017年度:17.2%
2018年度:18.0%

 【「ひとり旅」の構成比の推移】
(2017年度)
20~34歳:男性26.8%・女性13.9%
35~49歳:男性26.2%・女性10.7%
50~79歳:男性20.7%・女性10.6%
(2018年度)
20~34歳:男性27.4%・女性14.4%
35~49歳:男性24.5%・女性12.1%
50~79歳:男性22.1%・女性11.9%

 なお、「宿泊旅行の同行形態」は、1)一人旅、2)恋人との旅行、3)夫婦二人での旅行、4)小学生以下の子連れ家族旅行、5)中学生以上の子連れ家族旅行、6)親連れ家族旅行、7)その他の家族旅行、8)友人との旅行、9)職場やサークルなど団体旅行、10)その他――となっています。

近年の「ひとり旅」増加の背景

 ここで、近年の「ひとり旅」増加の背景を考察してみましょう。

 まず、1990年代後半から一般でもインターネットが流布したことによって、個々人の事情に応じた「ひとり旅」の情報収集も容易になったことが挙げられます。

 また、ライフスタイルの変化によって、「おひとりさま」のシェアが増大していきます。そして「おひとりさま」が社会的にも好意的に認知されたことも相まって、観光業界でも「おひとりさま対応」が増加しました。

 並行して、SNSやスマートフォンも普及し、それによって一人でいることに慣れる人、一人でいる人への慣れが増えていきます。そうして、“「ひとり旅」は「独り(ぼっち)」ではない”というような「ひとり旅」への肯定的な認識が、旅行者本人だけではなく社会全体にも広まっていきました。

 さらに、インターネット旅行販売、高速ツアーバス、格安航空会社などのハード面の充実だけでなく、地図・乗り換え・旅行行程管理・天気・翻訳など、旅先で役立つさまざまなアプリが提供されて手軽に使えるようになるなど、どんどん「ひとり旅」は便利になり、物心両面のハードルが下がっていきました。

 ちなみに、インターネット旅行販売をはじめとした「ひとり旅」を促進するウェブサイトには、一人参加限定ツアーの元祖といわれるクラブツーリズムの「ひとり旅」、高級旅館・ホテルに特化した予約サイト一休.comの「旅館一人旅」、気軽な日帰りツアーやおひとりさま歓迎の温泉宿などを手軽に楽しめるびゅうトラベル(JR東日本)の「ひとり旅特集」、OZmallの「大人女性のための一人旅ガイド」、日本旅行の「男一人旅」など、場所・好み・目的・予算などに応じ、多様な展開がなされています。

「ひとり旅」の魅力

 「ひとり旅」には、どのような魅力がつまっているのでしょうか。思いつくだけでも、「自由になれる」「自己と向き合える」「未知の体験ができる」「癒やされる」「リラックスできる」「自分のペースで行動できる」など、いろいろな長所が挙げられます。

 稀代の民俗学者・宮本常一は、日本列島をくまなくめぐり歩きながらあらゆる細部をよく観て、旅先ごとに出会った一人ひとりと真摯に向き合ってよく聴き、そうして「忘れられた日本」を再発見して、後世に記録しました。

 宮本は、旅立ちに際して父・善十郎から以下のような旅の心得“十か条”を授けられ、その訓えを終生大切にしたといわれています。

【宮本常一が旅立ちの日に父から授けられた“十か条”】

 1)汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないかよくわかる。

 2)村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。

 3)金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。

 4)時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。

 5)金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。

 6)私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない。すきなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし三十すぎたら親のあることを思い出せ。

 7)ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。

 8)これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。

 9)自分でよいと思ったことはやってみよ、それで失敗したからといって、親は責めはしない。

 10)人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ。

 “十か条”のうち特に1)~4)には、「ひとり旅」をよりよくする視点と知恵が詰まっています。そして10)には、「ひとり旅」とリンクした人生という旅から得られる魅力が、示唆されているように思います。

 そう考えると、よい「ひとり旅」は、人生の縮図であったり、得難い模擬体験となりえたりしている、といえるのではないでしょうか。そして、よい「ひとり旅」によって、人生もよりよく魅力的になっていったり、そのためのヒントを得られたりする。それこそが、今「ひとり旅」が増えている、大きな理由の一つなのかもしれません。

<参考文献・参考サイト>
・「じゃらん宿泊旅行調査 2019」
http://jrc.jalan.net/wp-content/uploads/2019/07/90cd98b39dc3871ef6fba4148436792b.pdf
・増える一人旅の背景とこれから [コラムvol.337]
https://www.jtb.or.jp/column-photo/column-solo-journey-kubota/
・一人でも独りじゃない一人旅 [コラムvol.198]
https://www.jtb.or.jp/column-photo/column-trip-by-yourself-kubota/
・「おひとりさま」、『イミダス2018』(集英社)
・「インターネット旅行販売」、『イミダス2018』(集英社)
・「高速バス」、『日本大百科全書』(小学館)
・「格安航空会社(LCC)」、『イミダス2018』(集英社)
・ひとり旅・ツアー|クラブツーリズム
https://www.club-t.com/theme/friend/ohitori/
・旅館一人旅[宿泊予約 - 一休.com]
https://www.ikyu.com/sp10008/
・ひとり旅特集 | びゅうトラベル(JR東日本)
https://www.jre-travel.com/feature/hitoritabi/
・【一人旅におすすめ】大人女性のための一人旅ガイド - OZmall
https://www.ozmall.co.jp/travel/feature/8346/?pid=0300360919&scid=pafi00352ozma
・男一人旅 | 日本旅行
https://www.nta.co.jp/hitori/otokohitoritabi/
・『民俗学の旅』(宮本常一著、講談社学術文庫)
・『別冊太陽 生誕一〇〇年記念 「忘れられた日本人」を訪ねて 宮本常一』(平凡社)
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