テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.07.03

現代の日本語は江戸時代でも通じるのか?

 現代の日本語は江戸時代でも通じるのか?時空を超えるIFに対して、「ジャパノート -日本の文化と伝統を伝えるブログ-」の興味深い記事「江戸時代の言葉は今とあまり変わらない? 【会話の例】あり」では、以下のような見解を示しています。

問:現代の日本語は江戸時代でも通じるか?
答:江戸時代にも使われていた語彙も多数あるため、例えば文章として読む際は意味を理解することはできるだろうが、発音・アクセント・イントネーションなどが肝となる“会話”となると意外と難しいのではないか。

江戸言葉は「早くしゃべること」が粋!

 まずは、相違点の多いといわれる方からみていきましょう。江戸時代の言葉(以下「江戸言葉」)は、どのような発音・アクセント・イントネーションなどで話されていたのでしょうか。

 評論家で産経新聞元編集委員の大野敏明氏は江戸言葉にも詳しく、『知って合点江戸ことば』において、江戸言葉の発音の特徴を以下のように列挙しています。

 まず、「動詞につく音便化された接頭語」です。例えば、「とっつく」(しっかりとつかまる・組みつく、新しく物事を始める、きっかけをつかむ)は、1)「付く」という言葉を強調するために、2)「取り付く」とし、3)そのうえで接頭語の「取り」のうちの「り」が音便化している――などです。

 同様に、「うっちゃる」(投げ捨てる、ほったらかす)は「打ち遣る」、「つっぷす」(急に顔などを伏せる、勢いよくうつぶせになる)は「突き伏す」、「ひったくる」(人の持っている物を手でつかんで無理に奪い取る)は「引き手繰る」などの音便化が挙げられます。

 さらに音便化のうちでも、言葉の一部が小さい「っ」に変化する促音便(例:「待ちて」が「待って」)、言葉の一部が「ん」に変化する撥音便(例:「読みた」が「読んだ」)、言葉の一部が「い」に変化するイ音便(例:「ござります」が「ございます」)、言葉の一部が「う」に変化するウ音便(例:「かぐはし」が「かうばし」)などは、標準語でもよくみられる音便化ではあるものの、特に江戸言葉には多いとしています。

 また、「ai発音のe化」も挙げています。具体的には、「違いない(chigainai)」が「ちげーねー(chigeーneー)」、「大根(daikon)」は「でーこん(deーkon)」、「入る(hairu)」は「へーる(heーru)」、「大概(taigai)」は「てーげー(teーgeー)」などです。

 そして、江戸言葉の「ai」の発音が「eー」に変化した理由として大野氏は、早くしゃべることに特徴がある江戸言葉においては、早くしゃべることの妨げとなる母音の重なりを嫌い、結果として「aiという二つの母音発音がeに一本化されるのである」と述べています。

江戸言葉抄~「あんよ」から「ヤバい」まで

 今度は視点を変えて、一致点の多い方、現代の日本語にも息づいている江戸言葉を列挙してみましょう。

 歩くことを「あんよ」、降りることを「おんり」、おなかを「ぽんぽん」、おしっこを「しーしー」、寝ることを「ねんね」、汚いことを「ばっちい」など、幼児語のルーツは江戸言葉に多数あるといわれています。

 そして、「伊達者」(おしゃれな人)、「足らぬ人」(ばかな人)、「でくの坊」(役立たず)、「ピーピー」(貧乏)、「ほの字」(惚れること)、「みそっかす」(一人前に扱ってもらえない子)など、あえてストレートに表現しない心憎いような言葉も多々あります。

 また、いかにも江戸っ子らしい、「あたぼう」「がってん」「おっちょこちょい」「こまっしゃくれる」「しゃらくさい」「すってんてん」「すれっからし」なども挙げられます。

 さらには、「小股の切れ上がった女」(スマートな美人)、「いなせな兄い」(粋で威勢がよく男気のある青年)、「しわんぼう」(けち)、「しんねりむっつり」(陰気な様子)、「ぞろっぺえ」(いい加減でだらしない)など、現代では日常的に使われているとは言いがたいものの、聞けばなんとなく意味が伝わるような粋な言葉も多数あります。

 そして、真面目を表す「マジ」、癪に障ったり腹が立ったりするときの吐き捨てるように言う「ムカつく」、気取った人を揶揄するような「スカす」、危ないときに口に付く「ヤバい」など、現代におけるいわゆる若者言葉も、江戸時代にも使われていたようです。

 なお、江戸時代後期の滑稽本(江戸の町人の日常生活に取材し、主として会話を通じて人物の言動の滑稽さを描写した小説の一種)の代表作である十返舎一九『東海道中膝栗毛』にも、「やばなこと」という表現が見られます。

江戸言葉の現代語訳は無理!?しかし…

 『東海道中膝栗毛』を例に挙げましたが、江戸言葉を感じる一番手軽かつ確実な方法といえば、やはり江戸文学に触れることではないでしょうか。珠玉の古典を網羅した『新編 日本古典文学全集』(小学館)には、江戸文学の名作も収載されています。

 ところが、誰もが手軽に自分のペースで自由に古典に親しめるよう、原文・現代語訳・頭注で構成された画期的な三段組スタイルが“売り”の『新編 日本古典文学全集』においても、『東海道中膝栗毛』だけでなく江戸後期の会話体を主とする洒落本・滑稽本・人情本、黄表紙・川柳・狂歌などの俗文学や戯作、また連歌集・俳諧集については、あえて現代語訳を省いた二段組みとしています。

 その真意を『新編 日本古典文学全集』に編集長として携わった元文学担当編集者の佐山辰夫氏は、「会話の微妙なニュアンスまで現代語に置き換えるのは無理と判断したため」と述べています。そして、外国語を日本語に置き換える“訳”という感覚では、江戸時代に用いられていた言葉の意味をかえって十分に現代には伝えられないとしています。

 しかしながら、現代にもたくさんの江戸文学ファンはいます。そのように考えていくと、現代の日本語を標準的に使う人であれば、『東海道中膝栗毛』はもちろんのこと、その他の洒落本・滑稽本・人情本から、黄表紙・川柳・狂歌や連歌・俳諧に至るまで、わざわざ現代語訳を用いなくとも、注釈などのそれなりの手引きがあれば、十分に楽しむことができるともいえます。

 また、歌舞伎や時代劇、また能や狂言などを観ることでも、それなりに江戸言葉を感じることができるように思いますが、それらの芸能には現代でも多くのファンがいることから、現代人にとっても十分に娯楽としても楽しめるほどに魅力的であり、構成する江戸言葉が身近な存在であることを感じることもできます。

言葉や文化が“通じる”ためには?

 以上のように江戸言葉をめぐることによって、現代の日本語を使う人々でも素直で開かれた心意気があれば、多少の工夫や努力は必要とはいえ、十分に江戸言葉を楽しめる、ひいては江戸言葉が通じるといえることがみえてきました。

 そう考えれば“逆もまた真なり”といえます。そこでさらに冒頭の問いに立ち返ってみると、以下の別答が立ち上がってきます。

問:現代の日本語は江戸時代でも通じるか?
別答:身振りや手振りなどボディーランゲージをまじえつつ、さらに相対して場の空気を共有することによって、通じるかもしれない。

 通じる会話の基本はお互いで場の空気を共有し、相手を理解したいと思い合い、よりよく高め合っていくことですが、現代の日本語の使い手が江戸時代で江戸っ子に話しかけた際であっても、“もし”相手にこちらの心意気を感じてもらい、場の空気を共有できたのなら、やはり通じ合えるように思います。

 そして大前提として、現代の日本語の「標準語」は、江戸言葉のうちの特に「山の手言葉」といわれる江戸の旗本・御家人の言葉の流れをくむ言葉を土台としているため、外国語を使う人に現代の日本語で話しかけるよりも、比較的容易に通じるのではないでしょうか。

 この別答が珍答となるか名答となるかは、時空を超えるIFが果たされないと証明されえませんが、例えば江戸文学を紐解くことや歌舞伎を観劇することで江戸時代の文化に遊ぶことは、現代の日本語使いにとっても、とびきりの悦楽に通じる扉となるかもしれません。

<参考文献・参考サイト>
江戸時代の言葉は今とあまり変わらない? 【会話の例】あり
https://idea1616.com/edo-kotoba/
・『知って合点江戸ことば』(大野敏明著、文春新書)
・『新編 日本古典文学全集』(小学館)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長