テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2021.06.10

『あなたはこうしてウソをつく』が語る本当の「ウソの話」

 あなたはこれまで何回ウソをつきましたか。

 いきなり唐突な質問ですみません。でも、一瞬ドキッとされた方は少なくないのではないでしょうか。どうぞご安心ください。この質問に正確に答えられなくても大丈夫です。正確に答えられる人なんて、きっといないでしょうから。

 ところで、私たち人間はどうしてウソをついてしまうのでしょうか。そもそもウソとは何か。また、ウソを見抜くことはできるのか。ウソをつくとき、人の脳では何が起こっているのか。こうした人間のウソとその背後にある脳のメカニズムを一貫して研究し続けているのは、京都大学こころの未来研究センター准教授の阿部修士先生。いわばウソ科学のスペシャリストです。今回は、阿部先生の著書『あなたはこうしてウソをつく』(岩波科学ライブラリー)をもとにして、「最新知見から見えてきた、ウソに関する本当の話」をご案内していきます。

どのくらいの頻度でウソをついているのか

 人間はよくウソをつきます。ではどのくらいの頻度でウソをついているのか。あるアメリカの研究によると、平均して1日に約1回、学生の場合は1日に約2回のウソをついていました。日本の学生も1日に2回くらいウソをつくという報告もあるそうです。また、別の調査では、24時間のあいだにまったくウソをつかなかった人は6割程度。つまり、4割の人はウソをついているということです。

 本書はこうした興味深い例示が次々と列挙されます。目次をみるだけでも、「第1章 人も動物もウソをつく」「第2章 ウソは見抜けるか?」「第3章 どういう場合にウソをつくのか?」「第4章 どういう人がウソをつくのか?」「第5章 ウソをつくとき脳で何がおきているのか?」「第6章 性善説と性悪説、どちらに軍配が上がるのか?」と、好奇心をくすぐる魅力的なラインナップになっています。

 そこで、このあと、読者の皆さんの日常生活ともおそらく非常に密接な内容である第3章と第4章、そして、ある意味非常に興味深いテーマである第6章について取り上げていきたいと思います。

正直者であるというイメージを損なわない程度にウソをつく

 実は、ウソをつくのは人間だけではありません。動物もウソをつきます。しかし、人間のウソは動物よりも複雑巧妙です。複雑という点では、例えば正直に答えることでウソつきだと思われる場合には多くの人がウソをつきます。巧妙という点では、「ウソをつくことが上手だと思っている人ほど、シンプルなウソをつき、真実の中にウソを埋め込み、もっともらしい説明を追加する戦略を利用」するのだそうです。しかも、ウソをつかれた側はさまざまなバイアスに妨げられるため、そのウソを見抜くのは非常に困難なのです。

 では、なぜウソをつくのかといえば、その答えは明快です。ウソをつくことによって得られる利益があるからです。けれども、多くの人が「自分が正直者であるというイメージ」を損なわない程度にウソをつくのです。このあたりがまた複雑で分かりにくい点ですね。

 では、ウソを見抜く手がかりはまったくないのかといえば、そんなことはありません。実はウソにはちょっとした傾向というものがあるのです。

どういう場合にウソをつくのか

 ウソのちょっとした傾向というのは例えば、時間帯。午前よりも午後の方がウソをつきやすいという報告があります。これは午前よりも午後のほうが消耗しているため、ウソをつきたくなるのを我慢できなくなっているのではないかと考えられています。そのため、夜型の人は逆に午前のほうがウソをつきたくなる傾向があるともいわれています。

 また「時間に余裕がないとウソをつく」とか「他人の利益のためなら道徳的に許されると考えてウソをつきやすくなる」、あるいは「一度ウソをつくと2回目以降はウソをつくハードルが下がる」という報告もあります。

男性は「利己的なウソ」をつきやすい

 続いて、どんな人がウソをつきやすいのかですが、男性・女性のどちらかといえば男性。しかも男性は「利己的なウソ」をつきやすい。これはウソをつく相手にも影響を受け、男性は男性を相手に「利己的なウソ」をつくことが多い。一方、女性は相手が女性のときに「利他的なウソをつく」ことが多い。また年齢でいうと、若い人のほうがウソをつきやすい。こうした傾向があるようです。

 もっと具体的な指摘もあります。例えば、学生でいうと大学の「経済学・経営学専攻」の学生、職業でいうと「銀行員」はウソをつきやすいという報告もあるのだそうです。ただし、銀行員だからといっていつもウソをつきやすいのではなく、「自分が銀行員であるというアイデンティティを意識した後においてのみ」ウソをつきやすくなるということです。

 この他、まだまだウソに関する面白い指摘がたくさんありますので、詳しくは本書をご覧いただければと思います。

性善説と性悪説は認知神経科学のテーマにもなりうる

 さて、ここで著者について少しご紹介しましょう。阿部先生のご専門は認知神経科学。大学生の頃は、認知神経科学とは程遠い文学部の東洋史の研究室に所属していたそうです。それが多くの偶然が重なって、大学院生の頃からおよそ20年間、一貫して「人間のウソとその背後にある脳のメカニズム」の研究を続けているということです。

 一見すると、大学の頃に学んでいた東洋史と大学院から学び始めた認知神経科学の「あいだ」には大きな隔たりがあり何も関連性がないように思えますが、実はその「あいだ」にこそ阿部先生が強く関心を引くテーマが潜んでいます。それが第6章のテーマである性善説と性悪説につながっています。ご存知の通り、性善説と性悪説は、古代中国の思想家である孟子と荀子が提起した概念。つまり、もともとは東洋史のテーマですが、それを「ウソ」や「正直さ」という言葉で語ろうとするとき、認知神経科学のテーマにもなりうるということです。

 東洋思想からいえば、性善説の立場からみると性悪説は正しくないことになり、逆に性悪説の立場からみると性善説が正しくないことになります。けれども、そうわかりやすく白黒つけられるものだろうか。認知神経科学をもってすれば、性善説と性悪説をうまく和解させることができるのではないか。阿部先生はそう考えているのです。

 ということで、本書にはウソに関する非常に興味深いお話が詰まっています。本書を読むと、私たち人間にとって、ウソというのは切っても切れない存在であることが分かります。そうであるなら、上手に付き合っていきたいものですね。

<参考文献>
・『あなたはこうしてウソをつく』(阿部修士著、岩波科学ライブラリー)
https://www.iwanami.co.jp/book/b553695.html

<参考サイト>
阿部修士先生の研究室
https://abe.kokoro.kyoto-u.ac.jp/

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長