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DATE/ 2021.06.30

『予測学』で学ぶ、誰にも分からない未来の読み方

「人は必ず死ぬ」「未来は誰にも分からない」――この二つの真理を認識しつつ生きるわれわれ人類にとって、必要不可欠といえるのが「予測」です。とはいえ、予測は因果や相関とは違い、一概に体系的や合理的に説明できるものでもありません。

 では、予測はどのように形成され、そして理解されるのでしょうか。大きなヒントとなる一冊として、名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授で数理学者である大平徹先生の著書『予測学―未来はどこまで読めるのか―』(新潮選書)をご紹介します。

 予測という視点で森羅万象を網羅的に考察する本書の章立ては、(1)自然現象に関する予測、(2)社会現象や生活に関する予測、(3)科学や技術における予測、(4)予測に関するいくつかの考察、――となっており、これを見ただけでも、予測が多岐にわたっていること、日常生活にも密接に関係していることがうかがえます。

予測は複数用いることで力を発揮する

 本書で大平先生が、「逆に人が“予測”をしないでいる時間を見つけるほうが実は難しいとも思えてくる。<中略>よりよい予測を求めてさまざまな工夫を重ねてきたことは、人類の文化の幹のひとつをなしている」と述べているように、特に予測を強く望まれる分野(章)としては、(1)自然現象に関する予測、(2)社会現象や生活に関する予測ではないでしょうか。しかし、自然現象も社会現象もそう簡単に予測はできません。

 それはなぜか。例えば、技術や観測が進めば予測の可能性は広がると思われがちですが、例えば地震については逆といわれています。一方、一般的に地震に比べれば予知しやすいと考えられている噴火ですが、いつ収束して安全になるかという予測は、逆に地震の時よりも難しいとされています。日常的に活用されている天気予報にしても、天気を予測するための予算は多大に使われてきたにもかかわらず、いまだ豪雨等の発生予測は困難とされています。

 また、衝突事故や渋滞・混雑の回避、人口動態、ウイルスの感染率、がんと余命、さらには企業の趨勢や株式市場、開票結果や世論調査まで、最先端の知識や科学による高度な技術やシステムをもってしても、自然現象も社会現象も多様であるため予測は難しく、また、たとえなにかの予測が成功したとしても、簡単に他に適用できるものではないのです。

 そのため、予測は単体ではなく複数の予測や評価を併せて用いることによって初めて力が発揮できるということです。また、一方で予測ができても、予測に対する感度を上げ、情報周知がなされなければ、災害を簡単に防ぐことはできないということです。

未来だけでなく過去にも使えるのが予測

 予測の辞書的な意味は「事の成り行きや結果を前もっておしはかること」で、一般的には未来と親和性の高い名詞ですが、本書の面白さの一つに、推定や推測なども含めて、過去(結果)にも予測を用いていることが挙げられます。

 この視点で特に興味深いのは、著者の専門とも大いに関係のある、(3)科学や技術における予測です。この章では、数学における予想から、物理学や予測と確率の問題、そして確実であっても予測できないことや予測のしにくさを活用した暗号や暗証番号のトレンド、機械学習からゲームにまつわる最強の一手などに、自由に予測の翼を広げています。

 大平先生は「現代において、数学は科学だけでなく、心理・社会・経済分野においても欠かすことのできない“言語”として使われている」と述べていますが、数学および最も古い思考概念ツールともいえる数字が予測におよぼす影響は、今後ますます大きくなることが予測されます。

 そのうえで「同じルールや法則に従っているのに、特定の数で特異なことが起きるのが、数学の面白さであり、深みでもある」というように、数学や数学的思考、敷衍して科学や技術等の一般的には理論的・合理的と考えられている分野でも、実は予測が難しいことも見えてきます。

“予測とゆらぎのバランス”が重要

 クライマックスともいえる、(4)予測に関するいくつかの考察では、遺伝、感動、知性、意識などを予測と組み合わせ、大平先生の考察を展開していきます。

 例えば、予測と感動については、単に予測を裏切れば感動や強い印象につながるわけではなく、「あまりにも突飛な変化は違和感や疲れを感じさせるし、予測に近すぎる範囲の変化は吸収されてしまう」とし、“予測とゆらぎのバランス”が、印象や感動には重要であると説きます。

 また、予測と知性についても、“予測に対して適度にゆらぐレベル”が、知性を感じる要因のひとつではないかと示唆しています。

 そして、予測と意識については、「総合的に考えることは筆者の力量を遙かに超える」としつつも、本書を執筆する過程で再考し、「予測という機能が“意識”を創発している可能性があるのではいかとも感じ始めた」とし、「十分多様に多数の要素が絡み合い、予測や記憶などの機能を持つことによって、意識が生み出される」という仮説を展開しています。

 大平先生は、「往々にして予測自体には“良し悪し”の評価はついておらず、いくつかの選択肢を提供してくれるだけである。〈中略〉世の中の多くのことは、どの選択をしても良いも悪いもついてくるし、それは評価をする人によっても、短期・長期の時間のスケールによっても時代によっても変化していく」と述べています。

 真理は不変ですが、予測は事実と真実のあいだでゆらぎ、また確実と不確実の違いや境界は必ずしも明確ではなく、そのはざまで予測がゆらいでいるように感じます。

 預言は人知の及ぶところではありませんが、予測は極めて人間的で重要な行為といえます。人間にとって自分自身の一生ほど予測し難いものはないといえますが、社会や環境にとどまらず、知識や思考、生き方の多様化によってもますます予測し難くなるであろう一生において、よりよく人知を尽くすためにも、むしろ予測の重要性はより高くなっていくのではないでしょうか。

 過去を見直し、今を捉えなおし、そして未来に備えるためにも、大いに参考になる一冊です。

<参考文献>
『予測学―未来はどこまで読めるのか―』(大平徹著、新潮選書)
https://www.shinchosha.co.jp/book/603857/

<参考サイト>
大平徹先生のホームページ
https://www.sites.google.com/site/ohiratorue/home
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