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DATE/ 2021.07.26

「自動運転」は本当に成功するのか

 最近は、テレビなどでも自動運転車のコマーシャルを度々目にするようになりました。ですが、自動運転実用化の恩恵をどのようなかたちで受けることができるのか、自動運転を活用したビジネスの可能性はどの程度のものなのか、実感しにくい部分もあります。

 今回は東京大学大学院情報理工学系研究科准教授である加藤真平先生の講義から、自動運転の実用化とそのビジネスの可能性について考えてみたいと思います。

完全自動運転はこんなところで求められている

 自動運転は、実現されれば社会全体の大きな変革になり得るテクノロジー「ディープテック」の一つのシンボルとされています。ディープテックは将来、世の中に大きな変化をもたらしたり、社会の問題を解決したりする可能性のある技術のこと。それほど大きなインパクトを社会に与える技術なのだから、そのテクノロジーを特定の企業や研究所で開発するのではなく広く世界に開放して、多くの人がその恩恵を享受できるようにしたい。加藤先生はそのことを「自動運転の民主化」という理念のもと、大学発のベンチャー企業「TierIV」を創業し、自動運転の社会実装に向けて研究開発を進めています。

 加藤先生がめざす自動運転の究極の形は、もちろん「完全無人化」です。たとえば、過疎地の高齢者世帯に生活必需品を運んだり、病院などの送り迎えをしたりするにしても、ドライバー不足により、それが年々難しくなっているのが現状です。しかし、もし自動運転無人化が実現すれば、過疎地だけでなく、人手不足に悩んでいる地域に貢献することは間違いないでしょう。

 また、人手不足の問題を抱えているのは物流業界も同じこと。コロナ禍で物の移動が一層増加し、この問題はますます深刻化しています。そこで、人の移動のためよりも比較的リスクの少ない物の移動のために完全自動運転が実現すれば、それが一般市街地での人の移動を含めた自動運転実現に拍車がかかるでしょう。

 さらに、自動運転技術は物や人を運ぶ以外にもいろいろな分野に応用できると加藤先生はいいます。その一つが自動車教習所です。教習所は自動車を運転するために必要な知識や技術を習う場ですが、教官の数が年々減っているという実情があります。自動運転システムは非常に模範的な運転をする機械であるため、この技術をAIに学習させて教習車に搭載すれば、教官が横にはりついて指示を出したり、時に厳しく指導したりしなくても、受講生の運転スキルを評価することができるというわけです。このように、自動運転車そのものではなく「自動運転」という技術に着目したビジネスの可能性もあるのです。

課題をクリアしつつ実用化のネクストステージへ

 現時点では、運転者が必ずしも車内にいなくてもよいとする法規制の緩和や、遠隔操作に欠かせない通信技術の向上など、まだクリアすべき課題はありますが、今、自動運転技術はさまざまな実用化のステップを踏んでいます。

 実際に実用化の道筋がどのようなところでできているのか。加藤先生がまず注目するのが工場内の運転の無人化です。どんな工場でも牽引という行程が存在するのですが、この牽引という行程の要求レベルは、どこでも非常に似たものになるので、同じ技術を横に、それこそ世界共通で展開していくことが可能です。工場内であれば道路交通法などの法規制もかからないので、工場内の物流を向上させるという点で、自動運転は実用化へ非常に近い道筋をたどっているといえます。

 トヨタ自動車の電気自動車「e-Palette」の実用化に向けた動きも進んでいます。これは一般の人から車いすの利用者まで、どのような場所でどのような人が使うのかを想定した自動運転バスの事例で、公園とか特定の敷地内など環境を限定すれば法規制をクリアして実現する可能性が高いといえます。

実用化の鍵はオープンソース

 こうした動きのなかで加藤先生が重要だと考えているのは、オープンソース、つまり自動運転技術のソフトウェアプログラムを一般に公開することです。技術のベースを誰でもダウンロードして一般的に利用するものにしておけば、そのベースに各企業や組織がそれぞれの製品やサービスを上乗せすることができるからです。

 また、自動運転システムを自社では作れないナビやディスプレイなどの周辺機器のメーカーも、オープンソースを用いてつくられる自動運転車では全て「この製品を用いることができる」ということになれば、自動運転マーケットに参入できる企業はかなり増えるでしょう。

 今後の自動運転車両は、クラウド、つまりネット回線でつなげることで、走っている車のデータを収拾したり、それをAI分析したりというビジネスも可能になってくるはずです。単なる移動手段から格段に価値を増した自動運転車を、実際に目のあたりにする日はもう間近かもしれません。
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