テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2021.07.30

高次元の世界へ誘う魅惑の新書『多様体とは何か』

「現代数学・現代物理は、“多様体という舞台”で繰り広げられている」

 はっとした後にドキドキとした胸の高まりを感じるような、素敵なフレーズだと思いませんか。数学者で作家、そして大学教員である小笠英志先生の『多様体とは何か 空間と次元から学ぶ現代科学の基礎概念』(講談社ブルーバックス)からの一説です。

多様体の定義

 ところで、タイトルにもあるように「多様体」とはいったい何なのでしょうか。

 多様体は図形の一種で、本書では「0次元多様体、1次元多様体・・・・・・、n次元多様体(nは非負整数)を合わせて多様体といいます」とされているように、正確な定義があります。

 さらに、本書では0~3次元の多様体を、以下のように説明しています。

【0~3次元多様体の定義】
0次元多様体:点何個かのこと
1次元多様体:図形であって、その図形に含まれる点はどの点も、その点のまわりは開区間になっているもの(円も1次元多様体)
2次元多様体:図形であって、その図形に含まれる点はどの点も、その点のまわりは開円板となっているもの(開円板や球面も2次元多様体)
3次元多様体:図形であって、その図形に含まれる点は、どの点も、その点のまわりは開球体になっているもの(開球体も3次元多様体)

 ということですが、残念ながら多くの現代数学・現代物理学初心者にとって、こうした定義だけでは多様体を想像することは難しいのではないでしょうか。

空間・次元=舞台は多様

 しかし本書では、定義や数式を使った説明だけではなく、「閉円板を貼り合わせて閉球体とする」「ドーナツの表面だけを描いたような2次元多様体のトーラス」「時計と長方形とトーラス」等のイメージ図が随所に掲載され、直感的に多様体のイメージを喚起できるようになっています。

 そして、「2次元空間、3次元空間とは何か?」「開円板、閉円板とは何か?」「開球体、閉球体とは何か?」「貼り合わせるとはどういうことか?」「多様体を高次元にすると?」「なぜ我々は10次元に住んでいるのに気づかないのか?」等の魅惑的な問いが推進力となっています。

 小笠先生の用意した“多様体に興味を持った初学者へ向けた本という舞台”を一幕から楽しむように、まずは読み飛ばすことなくPART1から順にページをめくり、さまざまな多様体を見て、感じていきましょう。

 なお、本書は入門書ということですが、多様体の魅力や現代数学・現代物理学に目覚めた人がさらに楽しみながらさらに挑戦できるように、ポアンカレ予想や結び目と高次元多様体の問いなども用意されています。

想像力を育む「多様体」直感力

 ではどうして、多様体や高次元をイメージすることが大切なのでしょうか。

 冒頭では、多様体を現代数学や現代物理の舞台として紹介しました。つまり、現代数学や現代物理を学ぶ際には、多様体の理解が必須といえます。しかしながら、多様体をイメージできる能力を、現代数学や現代物理を専門に学ぶ人だけのものとするのは非常にもったいないことになります。

 小笠先生は「頭の中で考えて、高次元が見えるときの精神状態や感動を表現するのに空想とか幻視などと言語表現しています」といいます。ただし、数学をきちんと学んだ者同士であれば、条件を限定して高次元の図形を思い描いた際に、同じ図形を頭に描けるといいます。そういった意味では、高次元の図形、ひいては多様体も曖昧模糊としたものではありません。

 そのうえで、さらに続けて「新しい高次元の図形を発見したり、高次元の図形の新しい性質を発見したりするのは高次元への観照を要します。<中略>数学的に確固とした高次元のエキサイティングな図形を頭の中で思い描くこと、新発見することを空想、幻想、幻視などと感動をもって表現します」と述べています。

 つまり、多様体や高次元をイメージしながら学ぶことによって、条件を限定した状態で空想、幻想、幻視できる能力、さらに学びあった者同士で頭に思い描いたイメージを共有できる能力を獲得できることになります。その能力は数学や物理を専門としない人にとっても、きわめて重要な能力であるといえます。

 来るべきAI時代に人類に何よりも求められる能力は、想像力ともいわれています。小笠先生は「空手をやれば素手で岩が割れるようになります。数学をやれば高次元空間が見えるようになります」と高次元へと誘ってくれています。

 空間と次元には限りないフロンティア(舞台)があること。空間と次元の舞台へのパスポートは多様体への直感力・想像力・空想力・幻想力であること。ぜひ本書を手に取って、多様体をイメージすることから始めてみてはいかがでしょうか。

<参考文献>
『多様体とは何か 空間と次元から学ぶ現代科学の基礎概念』(小笠英志著、ブルーバックス、講談社)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000351492

<参考サイト>
小笠英志先生のホームページ
http://ndimension.g1.xrea.com/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長