テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2021.11.25

いくつわかるかな『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』

 「おい桐島、お前部活やめるのか?」、「村上春樹の『とんでもなくクリスタル』」、「下町のロボット」、「蚊にピアス」。みなさんは、このなかに読んだことのある本はありますか。

 「ある」という方はいないはずです。なぜなら、これらは実在しない本のタイトルだからです。正確にいうと、似たようなタイトルの本は実在します。実在するのですが、いずれも「覚え違い」された本のタイトルたちなのです。

 福井県立図書館ではこうした「覚え違いタイトル」を大切なレファレンス事例としてアーカイブしています。上記に列挙した「覚え違いタイトル」以外にもまだまだ傑作の「覚え違い」がたくさんあります。福井県立図書館のホームページ内に「覚え違いタイトル集」のページがあり、ネット上でも大きな反響を呼びました。

 そして、それが『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(福井県立図書館著、講談社)という本にもなったのです(2021年10月刊行)。今回は本書を参照しながら、図書館のレファレンスとは何かという話も交えつつ、「覚え違いタイトル集」のいくつかをピックアップしてご案内していきます。

村上春樹の『とんでもなくクリスタル』って何?

 「おい桐島、お前部活やめるのか?」は、『桐島、部活やめるってよ』(朝井リョウ著、集英社)の覚え違い。これは惜しい。「村上春樹の『とんでもなくクリスタル』」は『限りなく透明に近いブルー』(村上龍著、講談社)の覚え違い。う~ん、これは惜しいとは言えないかもしれない…ですが、“村上”違いに加え、『なんとなく、クリスタル』(田中康夫著、河出書房新社)が混ざってしまったのでしょう。

 「下町のロボット」は『下町ロケット』(池井戸潤著、小学館)、「蚊にピアス」は『蛇にピアス』(金原ひとみ著、集英社)の覚え違い。この二つも惜しいですね。たしかに漢字の「蛇」と「蚊」は、ぱっと見でなんとなく似ています。こういう覚え違いは誰にでもあるものです。

 覚え違いをした当の本人としては恥ずかしいものですが、そのことが事例としてアーカイブされていくことで、他の人の役に立つこともあります。それが冒頭に書いた「レファレンス事例」のアーカイブというものです。

図書館の大きな役割の一つ「レファレンス」

 図書館は本を借りるだけの場所ではありません。図書館の大きな役割の一つに「レファレンス」があります。レファレンスサービスの一番分かりやすい例が「こんな本を探しているのですが…」という利用者からお尋ねに応えること。つまり、レファレンスサービスとは利用者が求めている「情報」にたどり着けるようにお手伝いすることを指します。

 利用者が求めている「情報」は、蔵書検索に限ったことではありません。例えば、「自分の先祖を知りたい」「この絵画を描いたのは誰ですか」といった質問に対応するのも、レファレンスサービスの仕事です。「ドッジボールのドッジとはどういう意味」という質問が寄せられたこともあったそうです(ドッジ→DODGEとは「身をかわす」という意味だそうです)。

「覚え違い」も「らしさ」で検索可能に

 覚え違い本のタイトルの話に戻りましょう。例えば、司書さんになったつもりで、先ほどの「おい桐島、お前部活やめるのか?」や「下町のロボット」のケースを考えてみましょう。

 この二つは「覚え違い」で、当然情報的には正しくはありません。ですが、「桐島」「部活」、それから「下町」という、もともとのタイトルにあるキーワードは含まれています。また、なんとなくそのタイトルの「らしさ」のようなものもまとっています。

 ある程度の本の知識があるということが前提になりますが、これだけ情報がそろっていれば、ネットでの検索によって「正解」にたどりつくことができそうです。

司書さんの情熱と情報の推理力に脱帽

 では、次のような事例はどうでしょう。「恩田睦の『なんとかカーニバル』」。

 「恩田睦の『なんとかカーニバル』」は、著者が「恩田睦」であることは分かります。ただし、「村上春樹の『とんでもなくクリスタル』のケースと同様に、著者の名前を間違えている場合もあるのでそのことを留意しつつ、それでも他に有力な手がかりがないので、ひとまずは「恩田睦」の著作を検索してみるという手順になりそうです。こんなふうにして正解探しの推理が始まります。

 正解をいうと、「恩田睦の『なんとかカーニバル』」のもともとのタイトルは『夜のピクニック』(恩田睦著、新潮社)でした。これはけっこう難解なケースではないでしょうか。おそらく「ピクニック」→楽しい催し事→「カーニバル」のような連想が働いて、「なんとかカーニバル」という覚え違いをしてしまったのはないでしょうか。

 このようなケースも含めて、覚え違い事例のアーカイブを充実させていくことで、より効率よく正解にたどりつけるようになるというわけです。とはいえ、司書さんの情熱と情報の推理力には驚くばかりです。

 まだまだこんな事例もあります。「年だから解雇よ」「あだしはあだしでいぐから」「ドクタードリンク宇宙へgo」。これらはどんな本の覚え違いでしょうか。ぜひ、みなさんも正解への推理にチャレンジしてみてください。詳しくは『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』をご覧ください。

<参考文献>
『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(福井県立図書館著・編、講談社)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000356010

<参考サイト>
福井県立図書館のホームページ
https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/tosyo/index.html
※「覚え違いタイトル集」ページ
https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/tosyo/category/shiraberu/368.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『失敗の本質』より先に指摘した日本型組織の弱点

『タテ社会の人間関係』と文明論(7)日本型組織とリーダーシップの問題

日本軍研究で知られる『失敗の本質』よりも前に、日本型組織の弱点を指摘していた『タテ社会の人間関係』。日本の軍隊と英米の軍隊を例にとって、人間関係を重視する日本型組織の特徴を鋭く指摘、さらに法然と弟子の話を取り上...
収録日:2024/05/27
追加日:2024/09/19
2

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

オウンゴールも!?ロシアにとって許しがたいNATO拡大の背景

ロシアのハイブリッド戦争と旧ソ連諸国(1)ロシアの勢力圏構想とNATO拡大

長期化の様相を呈しているロシア・ウクライナ戦争。ウクライナに対してロシアが仕掛けているのは、多角的な手段を用いた「ハイブリッド戦争」である。それはいったいどのような戦略なのか。本シリーズ講義では、まずはこの戦争...
収録日:2024/07/25
追加日:2024/09/18
廣瀬陽子
慶應義塾大学総合政策学部教授
3

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義とは――新しい人間像と現代資本主義への警鐘

人の資本主義~モノ、コトの次は何か?(1)「人の資本主義」とは何か

「人間とは何か」「資本主義とは何か」、この二つの問い、その概念は歴史の上で常に変化し続けているという中島氏。「人の資本主義」は人と資本主義の合成語だが、両者を結合するとどのような反応がもたらされるか。今よりもよ...
収録日:2024/04/11
追加日:2024/07/27
中島隆博
東京大学東洋文化研究所長・教授
4

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

どうすれば「最高の睡眠」は実現するか…健康な睡眠とは?

「最高の睡眠」へ~知っておくべき睡眠常識(1)健康な睡眠のための方法

人生の約3分の1を、人は寝て過ごす。人間にとって不可欠な「睡眠」について、まだ分かっていないことが多く、睡眠ストレスや寝不足に悩む人は多い。現代人はどのように生活すれば最高の睡眠を得られるのだろうか。その前に、そ...
収録日:2021/06/23
追加日:2021/09/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

生物学的性差と文化的ジェンダー概念の入れ子構造の難しさ

ヒトの性差とジェンダー論(5)生物学的性差と文化

第二次世界大戦下、その影響で飢餓が続いたオランダで集団としてそのときに生まれた男の子にゲイが多いという話がある。それは母親が極度のストレスを受けた生物学的影響だというが、一方で日本の戦国時代のような戦場で見られ...
収録日:2024/05/18
追加日:2024/09/16
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長