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平安文学の危機と藤原定家による「漢字仮名交じり」の試み

文明語としての日本語の登場(6)鎌倉ルネサンス

釘貫亨
名古屋大学名誉教授
概要・テキスト
『日本語の発音はどう変わってきたか 「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音声史の旅』(釘貫亨著、中公新書)
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公家から武家の世へと政権や人心が移る頃、乱れる日本語を通して公家文化の再復興につとめたのが、藤原定家である。釘貫氏が「鎌倉ルネサンス」と呼ぶ彼の活動は「定家仮名遣い」を産み、さらに写本のかたちで定着させていった。現代われわれが接する平安文学もまた、その影響を帯びたものだといえよう(全6話中第6話)。
時間:11:12
収録日:2023/12/01
追加日:2024/04/12
キーワード:
≪全文≫

●仮名遣いと公家の教養の関係とは?


 次のページを見ると、「仮名遣いの問題は」とありますが、定家は「仮名遣い」ということばは使いませんでした。仮名遣いという言い方は、室町時代の歌学から出てきます。定家は、「嫌文字事」というふうに書き、そこで仮名遣いを問題にしました。

 われわれの場合は現代風に「仮名遣いの問題」が起こったというふうに考え、そう言ってもかまわないと思います。「仮名遣いの問題は、勅撰集や歌合(うたあわせ)を営んでいた公家の教養に危機をもたらした」ということです。

 歌合というのは、今の紅白歌合戦のように左と右に分けて、1首ずつ争い、勝ち負けを決めるわけです。勝負にはレフェリーがいて、「左が勝った」「右が勝った」というのですが、これは競争ですから、おそらく大変なプライドが激突したことでしょう。

 そのときに、仮名の綴り方を間違えて──たとえば田舎の「い」を、ゐのししの「ゐ」でなく、「いなか」と──書いたら、腹の底でハハッと笑われて、一巻の終わりとなります。ですから、これは深刻な問題であったと思います。

 そこで、「これは危ない。とくに貴族文化にとっては致命的だ」ということで、定家が乗り出した。なぜそう思ったかというと、藤原定家の時代は源平の争いの時代だったからです。源氏方が勝って源頼朝が鎌倉に幕府を築いた。それまで公家文化が絶対中心だった貴族文化に非常な危機感が生まれていたのです。

 そこで、定家は「もう一度公家の文化を再復興しないと大変なことになる」と思ったのでしょう。そこからの動きを、私のことばでは少し気取って「鎌倉ルネサンス」と呼んでいます。仮名の綴り方、なかでも雅語(がご)や歌語の仮名の綴り方をきちんと固定化し、均質化しておかないと大変なことになるということで、彼は立ち上がったのだと思います。


●「嫌文字事」に見る定家の決意と実践方法


 資料の④を見てください。藤原定家『下官集』という書物で、古典書写のマニュアル本です。ここで「嫌文字事(文字を嫌うこと)」とされているのが、われわれの今了解している仮名遣いの問題です。

 これは「他人は惣じて(総じて)然らず。又先達、強ひて此の事無し」。他人のことは知らないし、先達がいたかどうかも知りません、と...
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